おフレンドから興味深い質問を頂いた。これをネタとして日記に書いていいか許可を得てないけど、ごめんよ。絶対面白いと思うんだ!
「きみにとって仕事とは一体何だね?」
これがもし飲み会の一席の話であれば、「さあ」という答えしかぼくは持ち合わせていない。それに答えられるほどぼくは仕事のプロフェッショナルでもないし、仕事ばりばり人間なんだぜ!と言えるほどの自尊心すら持ち合わせていない。
そもそも、人にこのような抽象的な質問をするとき、その人には何らかの意図があることを伺える。それは人を試しているのか、単純に分からないのか、ユニークな答えを求めているのか、ぼくという一個人のそれに対する考え方を知りたいからなのか、可能性に果てはない。
単純にそれが何か分からないからという意味での質問であるなら、納得する答えを返すべきなのだろうが、「きみにとって」という言葉から察するに、ぼくのそれに対する考え方を聞いて評価でもしたいのかなあ、だなんて想像する。
それに、”仕事”というキーワードで思い浮かぶことなんてたくさんあるし、それらを1つ1つ答えるというのもなんか嫌だし、何か自分の考えをアフォリズム(箴言)として表現するのも劇場的でかっこよくはあるが、求められている回答ではないと思うので、きみに対するぼくの回答としては、こういう文章の形として答えるのがいいんじゃないかと、この文章をきみのために綴る。
仕事とは何か。
”仕事”という言葉の意味は改めて言うまでもなく想像に難しくないと思うが、ぼくにとって仕事とはお金のやり取りに関係なく、より広義な意味を持つ。もっとも、ぼくはそれらを仕事と言いたくはないので、仕事をしているとは言いたくはないのだが、その意味は《遊び》とほぼ同議だ。
ぼくにとって仕事とは遊びだ。別にそれをやる必然性もないが、せっかくこの世に生を貰い受けて、ぼくという意識を覚醒することができたのだから、楽しまないともったいないじゃないか!故にぼくは遊ぶ。それは定められたぼくの目的に向けて、ビジネスを構築したり、人間関係を築いたり、1秒前の自分を破壊したるする毎日をぼくは《遊んでいる》と言う。
だから、ぼくにとって生きることとは同時に仕事だとも言えるが、ぼくはその言葉の本来の意味が嫌いなので、遊びという言葉の意味にそのまま置き換えたい。生きることとは同時に遊びなのだ。
逆にどうして遊びでないといえよう?こんなに楽しいのに!こんなにゲーム性を有しているのに!こんなに難しく緻密でスリリングな、イージーモードに切り替えることも可能な、これほど自由度の高い遊びは他にあるだろうか!こんなに最高に楽しい人生をどうして遊ばないでいられよう!
もっとも、こんな考え方も単に考えられる回答の一つでしかなく、明日のぼくはまた別のことを言っているかもしれないし、仕事を遊びと考える要因には、仕事という言葉で連想される「つらい」といったキーワードを「面白い」というもの置き換えたいなどという意識的な働きかけや、毎日遊んでいるなんて言えたらハッピーだなあという短絡的な想いからこう考えているのであって、そういった点もあげたらきりがないので割愛するが、何よりも思うのが、あるものに対して、どのように考えたところでそれはその各個人の自由であるが、それをより楽しく、ウキウキしてくるような考え方ができたらいいなあと思うわけなんだよ。
仕事とはほんとは何であっても構わないが、遊びと考えたらなんだが面白くなりそうなので、とりあえずぼくはそう思うよ。





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