選択の放任

yasu Add comments
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あああ。また大きな選択をする時が来た。

何か巨大な陰謀が世界の影に隠れているようだ。それがチラチラ覗き見してくるものだから、ほんとどうしたものかね。

別に超人になんかなる必要もねえんだよ。

人様の言うとおりに生きて、社会の流れに従って生きたっていいんだよ。

もちろん、人の言わなかったことの通りに生きたって全然いい。

如何様に生きたっていいんだ。

どう生きるべきなんて指針なんてねえし、いらねえんだ。でもそれを疑似的に用意してもいい。

マニュアル通りの人生で結構。むしろ、今の時代はもうマニュアルで飽和し過ぎて、「マニュアル通りでない」マニュアル通りの人生なんてのもある始末だ。
未発掘のマニュアルなんて未だに存在するのかねえ。

面白く生きる必要もねえ。
でも、客観的にその選択を見たときに笑えたら嬉しいね。

なんか一時の感情に流されてすべてを失ってしまう人というのがいるけど、そういう人が好きだなあ。
後先考えないで選択することができる姿勢が羨ましい。

僕はやっぱりその選択の後どうなるのかというのを考えてしまう。
でも、やっぱり行きついてしまうのが、選択Aと選択B、どちらを選んだところでやっぱり何も変わらないということだ。
それは選択というよりも、むしろルート。ルートAとルートB、どちらを選択したところで、辿り着くゴールが同じなんだ。

なら、どちらのほうが短い時間で行けるか、どちらのほうがユニークなコースとなっているかを見るわけだけど、そんなことは実際にそのルートに入ってみないと分からない。現状での情報が足りなさすぎる。

ならば、情報収集も含めて、ルートAとルートB両方を選択しながら、だんだんと把握してから、どちらか一方、または両方を途中で止めてしまうというのも手かな。その時にはその時の選択が登場しているだろう。

あー選択って難しいなあ。
例えば、白紙のトランプが3枚並べられていて、そのいずれかを選べと提示されていたら、どれを選べばいいのだろう?
一見何も変化が見られない。どれも同じトランプだが、唯一違う点としては、それが左にあるか、真ん中にあるか、右にあるか、という位置の違いだけだ。そこに意味はあるのか?その問いを提示してきた相手はそこに意味を求めるのか?
あるいは位置など関係なく、選択の後に意味を付け足すのか?それかこれがマジックなのだと考えれば、選択する対象に意味などなく、既にその選択させるという状況にこそ意味があるのか。

この二者択一の選択の中でもまた、別の選択を見出すことができて、それはその選択の放棄をするかしないか、選択する前に選択Aと選択Bの情報をより多く聞きだすか否かなど、色々と考えられるけど、でもやっぱり何をしたところで何も変わらないんだよな。

さて、どうしよう。
選択をサイコロの目に任せるというのも一興かな。

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